Z世代の10歳下、渋谷区立松濤中学校2年生5名の21時間にも及ぶ職場体験に密着!
■1本の電話~そして私たちの心を動かしたもの
2022年10月、職場体験授業の受け入れ先になって欲しいと、渋谷区内の中学校から打診を受けた。
「数年前に受け入れて頂いた際、生徒達がとても満足していたので、ぜひまたお願いしたいのです。」電話口のご担当者は、そう告げた。聞けば、この職場体験、機会提供があるのは個人経営の店舗、いわゆる〇〇屋さんや飲食店と保育園などがほとんどで、一般企業はほぼ無いとのこと。
確かに通常業務の中でしっかりプログラムを作って中学生を受け容れるのはどんな職場にとっても簡単ではない、が、私たちの心を動かしたものは子ども心のような好奇心だった。「中学生が会社にくる、面白そう!」
■「子供たちに自信をつけさせて欲しいのです。」日焼けした姿の先生はそう言った。
プロジェクトには、広報×人事×総務といった部署を横断してメンバーが集まった。いずれのメンバーも好奇心だけは人一倍強い。まず向かった先は、依頼主である渋谷区立松濤中学校。出迎えてくださったのは真っ黒に日焼けしたジャージ姿の先生。快活な笑い方が印象的な体育の先生だ。手短に挨拶を済ませ本題に入る。
「職場体験を通じて、生徒の皆さんにどんなことを学んでもらいたいのでしょうか?」
ひと呼吸おいて先生は、おもむろに口を開いた。
「とにかく色んな体験をさせてあげたいのです。3日間の体験内容はすべてお任せします。その体験を通じて、是非ともあの子たちに自信をつけさせてあげてください。」
3日間で自信がつく体験って…。他のメンバーの笑顔の裏にも困惑した様子が見え隠れしている。一体どうやって…。不安な気持ちをグッと胸の内にしまい込み、私たちは努めて明るく振舞った。
「我々にお任せ下さい。必ずやご期待に応えてみせます。」
部活動に専念する生徒の声と放課後のチャイムに包まれ、まぶしい西日に照らされた通学路。そこに細長く伸びる三名の影は、これから始まる事の大変さからか、誰も口を開こうとはしなかった。
■「それ、サニーサイドアップでやる意味ないじゃない。」メンバーの一人がそう訴えた。
3日間のプログラムをどう組み立てるか?ミーティングは初回から行き詰まりを見せた。
生徒にとって初めての職場体験なのだから、名刺交換や電話対応といった社会人マナーに主眼を置くべきという意見が出る一方で、単なるマナー講座に終始するならサニーサイドアップでやる意味はないと反対意見が出る。
どちらに舵を切るべきか。
確かに14歳の子供たちにはどんな内容もすべてが新鮮に映るだろう。でも、単なるマナー講座の記憶は大人になっても残るだろうか。10年もすれば子供たちは否応なく社会に放り出される。今の私たちのように、クライアントや上司から難題を与えられ、限りある時間のなかで何とか前に進んでいくような日々がもうすぐそこまできているのだ。ならば、まさにそうしたリアルを体験してもらい、何か一つでもいいから子どもたちが社会に出たときの助けになれば・・・。
「オリジナル企画でいこう。」
これが、10年という月日があっという間に過ぎ去ることを知っている大人の私たちが出した答えだった。
■子どもだましではないホンモノの職場体験
~世界へ羽ばたく14歳のキミたちへ~
想定クライアントはサニーサイドアップグループが運営するオーストラリア・シドニー発のオールデイダイニング『bills 表参道』。2022年12月1日~2023年2月28日を対象期間として、同店に中学生(家族連れも可)の来店を促す企画案と、それを対象者へどうPRするのかをプレゼンしなさい。
プロでも頭を悩ませるこの課題に、中学二年生が3日間という短期間で挑む。しかも、最終日にはクライアントである役員陣の前でプレゼンまでしてもらう。かなりハードな内容だ。
■【1日目テーマ】:武器を授けようぞ
難解な課題を考えるには武器となる知識が必要。それを習得することが初日の目標だ。
AM9:00 初出社
戸惑いと楽しさと恥ずかしさと。ありとあらゆる感情が心の中を駆け巡っている。きっと本人たちもどうしていいのかわからないのだろう。必死にあげた口角は、次の瞬間には元の位置より下がっている。笑顔ともしかめっ面ともつかないそんな表情を浮かべていた。
AM9:30 初顔合わせ
自己紹介と意気込みを発表することから始まった。それぞれの個性がギュッと詰まった思い思いの言葉で自分の内心を語っていく。全員の共通点は「そもそもPRとは何?」ということ。最終日の本番を不安に思うのは子どもたちだけではない。
AM10:00 PRとは何か?その本質をインプット
この人の協力を仰ぐ必要があった。公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会の理事をも務める当社取締役の松本理永だ。PRとは何か?それを生業とし続けてきたサニーサイドアップの歴史を踏まえて語ってもらった。ニュースを創る仕事、世の中を動かすPRの力。まなざしの先に見える10年以上前の新聞記事の裏にあるものが、いま時代を超えて、子供たちの前に蘇る。
AM11:00 プレスリリース/記事の書き方講座
プレスリリースはラブレターのようなものだと言われる。だからまず、ラブレターを書く。想いが伝わるように。気持ちだけが先走っても相手には伝わらない。伝わるための、伝える方法をしっかりと学んでもらう。
PM1:00 bills担当者との名刺交換
「ちょうだいします。」
いつもの日本語なのに、うまく言えない。
目の前のお姉さんは、次々に僕に言ってくる。
「名前を指で隠さないようにね。」「相手と軽く会話をしてみてね。」
相手と軽く会話だって…?今の僕では到底無理だ…。
そんな心の声が聞こえてきそうなこの場面。名刺交換はコミュニケーションの出発点だ。
あなたが初めて名刺を交換したあの日。この子と同じ気持ちだったのではないだろうか?
PM2:00 billsに関するレクチャー受講
聞くもの、見るもの。その全てが知らないことだらけだった。忘れないように必死にメモを取る。でも、いつの間にかメモを取ることを忘れていた。居眠りをしていたのではない。担当者から語られるbillsの世界に魅了されていたのだ。
PM3:00 先輩メンバーにインタビュー
「どうしてこの仕事をしているのですか?」「それはね…」
問う側と問われる側の二人の立場。それらはいつしか融合し、溶け合っていく。子どもたちの質問は、どれもメンバー自身の内省につながるものばかりだ。考えた末にメンバーが出した答え。それは自分自身の気持ちを再確認したことの証なのかもしれない。
■【2日目テーマ】:ひねり出せ己がアイデアを
前日に学んだ知識と現場視察を踏まえて企画案をブレストする。アイデアなんかもう出てこない…。そう思った瞬間からがスタート。そこからどれだけ粘れるのか。もがいた先にある景色をその目で見る。これが二日目の目標だ。
AM10:00 bills 表参道 現場視察へ
ペンケースに入った黄色や緑のマーカーよりも、輝くものを見つけた瞬間だった。
お腹がすいていたけれど、セットされているフォークとナイフを使って、ゆっくりと食べてみる。美味しいという言葉が出る前にもう二口目を食べていた。
「アッ!昨日学んだやつだよ!」
文字や画像ではピンとこなかったことも、現場に来るとたちまち理解が進む。子どもたちの席から見えるたくさんのお客様の笑顔の裏には、昨日のお姉さんの活躍があることを肌感覚で学んでいく。
「どうすれば友達呼べるかな?」「親にも食べてもらいたいよね。」
そうだ、忘れてはいけない。今日は朝食を食べにきたわけではなく、仕事に来ているのだ。子どもたちが交わす会話で、私たちがハッとさせられてしまった。
PM1:00 オフィスでブレスト
ホワイトボード一面に思いつく限りのアイデアを書き出していく。billsに行ったばかりだからアイデアなんかいくらでも溢れ出てくるはずだ。そう高を括っていた。でも、あっという間に底をつく。プレゼンはもう明日に迫っている。どうすればいい?音のない会議室の重たい空気が焦る気持ちに拍車をかける。何か出さなきゃと口をついて出たそれは、さっき出たアイデアの焼き増しにすぎなかった…。
もちろん答えは教えない。喉まで出かかったアドバイスを飲み込んだ私たちは、子どもたちをただ見守ることしかできなかった。時刻はPM4:00。何一つ満足なカタチにならないまま、二日目は静かに終わっていった。
■【3日目テーマ】:たのしいさわぎで世界を変えろ
最終日は、自分たちの考えた企画を役員陣の前でプレゼンする。前日にアイデア出しという産みの苦しみを味わった若きPRパーソンたち。果たして残りの数時間でカタチにすることはできるのか。
AM9:00 プレゼンの構成作り
聞き手の心を動かすにはどうすればいいのだろう?話す順番を入れ替える。内容を変えてみる。試行錯誤を繰り返すうちにぼんやりと見えてくる「淀みのない構成」の後ろ姿。手を伸ばせば届く位置にあるのに届かない。そんなときに一人の生徒がバッグから取り出したのは、初日に書いたラブレターだった。想いを届けるためには…。原点に戻った彼の顔にもう迷いはなかった。
AM11:00 クリエイティブな仕事に必要なもの
「そうじゃないよ!」「でも、この方がスムーズだよ!」
物静かだった子たちが初めて声を荒げた。二人とも納得が行かないのだそうだ。子どもたちにも一人ひとりの個性がある。目指すイメージも各人で変わってくる。必死に考えたからこそ、簡単に引き下がるわけにはいかない。良いものを創るには意見のぶつかり合いは避けて通れない。
PM12:00 プレゼン立ち稽古
身体が揺れる。言葉につまる。声が小さい。早口になる。自分では気付かないことを次々に指摘される。そのうちに子どもたちは自然と学んでいく。構成を練ることとそれを人前で発表することは別ものであることを。
学びを素直に吸収する子どもたち。14歳の頭と心のアップデート回数は、iPhoneのそれを優に上回るだろう。スムーズに説明ができるまで何度も口に出して練習をする。時間を追うごとに彼らのプレゼンスキルは高まっていった。
PM3:00 いよいよ本番
最前列に座るクライアントの役員陣。その後ろに中堅・新卒メンバーが連なる。これから始まる大舞台を前に緊張した面持ちの5名の中学生が正対する。ピンと張り詰めたその場の空気は、このプレゼンが子どもだましではないことを示していた。
緊張のあまり高鳴る鼓動が骨を伝って鼓膜を揺らす。体からはじっとりとした汗がでる。極限までに渇き切った喉。自分の身体が自分ではないように感じられる。でもやるしかない。数秒後、彼らは意を決して、口を開いた。
無我夢中でクライアントの心を掴みにいった15分間のプレゼン。時間の感覚がおかしくなるほど集中していた。ハッと自らの感覚を取り戻したとき、そこには割れんばかりの拍手と声援が広がっていた。
PRのことを何も知らないところから、たった3日という短い時間で、任務を果たした5人。その顔にはもう不安な表情は見当たらなかった。困難な課題をやりきったという充足感と安堵感。紅潮した頬からは誇らしげな表情も伺える。一回りも二回りも大きく成長したPRパーソンの姿がそこにはあった。
■すべてを終えて、いつもの日常に戻るとき
「子どもたちに自信をつけさせてあげてください。」
彼らを見送るエレベーターの扉が閉まったとき、脳裏には担任の先生の顔が浮かんだ。果たして我々は、自信をつけさせることはできたのか。そのことが頭から離れなかった。
数日後、手紙が届いた。差出人はあの子どもたちだ。
僕は人前で話すのがとても苦手でした。
聞いている人がどのように思っているかがわからないからです。
たくさんの人の前で企画を発表すると聞いたとき、僕は絶望感を覚えました。
発表本番、大勢の大人がどのように思っているか怖かったです。緊張して汗だくにもなりました。でも、頭が破裂しそうなくらい考えた企画を、僕は人前で一生懸命話しました。
大きな壁を乗り越えたことは、僕にとってとても自信になりました。
自信になった。
しっかりと書かれていたその言葉が嬉しかった。
「仕事とは、依頼主の期待を超えていくこと。」
いつの日かこの記事を読むであろう彼らに向けて、私たちからの最後のメッセージだ。