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「人を振り向かせる”さわぎ”のおこしかた」発刊記念  復活集中連載 社長が書かない社長ブログ

その1:さわぎのはじまる前のこと

どうもです。ローリーです。無沙汰です。
ご無沙汰過ぎて、そもそもこんなコーナーがあったことすら、忘れられていると思いますが、なぜ今しゃあしゃあと、連載などと言って復活したのか。
それは、PR的発想をテーマとした私の本が出るから。

タイトルは「人を振り向かせるさわぎのおこしかた」東邦出版から本日20171127日発売です。IMG-6791_レタッチ済み

本の企画自体が持ち上がったのは3年以上前。
身近な出版プロデューサーの薦めもあり、出版社の方を紹介され
「そういえば最近でこそPR業界の本も割と出てますが、外の世界の人には何かとわかりにくいですよね」
「読者ターゲットを普通のビジネスマンや学生にまで広げて見たらどうですかね」
などという会話のうちに、個人がPR的発想をインストールできる一冊にというコンセプトが決まる。

そう決まって以降、読んで少しはためになる本にするにはという軽いプレッシャーの中で構成に試行錯誤。さらにああ書かなきゃと思いつつ、時折というか結構、目の前の仕事に没頭する現実逃避。そうこうする間に選挙権は18歳からになり、アメリカ大統領はトランプに変わり、東京都知事は3人も入れ替わりSMAPは解散し、こち亀の連載が終わり広島カープが強くなり、日本の家電メーカーは凋落。
そしてプリンスに、デビッドボウイに、高倉健まで逝ってしまった。
平成のうちに出せて、何よりだった。

それはともかく今回の書籍は、大雑把に言うと前半は自分がPRの世界に首を突っ込んでからの体験で感じたことが中心、後半はPR的発想のキーワードでそのエッセンスを事例と共に集約。
またPR業界と直接関係のない人でも、広報担当者じゃなくても”伝えるを伝わるに変える”発想や、ある目的のために上手に人を巻きこんでいくための大義や共感のつくり方なども書いてみた。

書いてつくづく思うけれど、自分らの仕事の大半は大義をつくったり、共感を得るためのロジックをつくることなんだんぁとつくづく感じる。
PRというかコミュニケーションの世界で仕事をするということは、人間と生き物の習性・特性に真正面から向き合う事。それは性善説とか性悪説とかいう単純な話ではない。
ひとりの人格にどちらもがある割合で同居(極度にどっちかに寄った人もいるかもしれないけど)している。学校や職場のいじめに結果的に加担したり、匿名が保証された場所からネットで思う存分、有名人を貶める書き込みをするのも、目の前の泣いている子供を放っておけなくなったり、我を忘れて突き動かされるように被災地のために東奔西走するのも人間。一人の中にその両方の因子があったりする。人は残酷でもあるし、そうかといって捨てたでもない存在。

そういう気まぐれな生き物を相手にしている仕事だと思っている。
人は一生、不安と楽観を揺れ動きながら生きている。

受験や就職、結婚、健康、老後への備えと、人生の局面を迎えるたびに、今までスルーしていた情報が気になってしょうがなくなる。他人事が自分事になる。
広告もPRもそういう人の不安とか欲望と切り離せない存在。
どうスマートに、そうした人の心に入り込んでいくかのアプローチの違いだけ。
それも人それぞれで、焦りや自己実現要求の強いタイプの人には、縦にやたらと長いスクロールをしながら、心の奥底に潜む不安をあぶり出し、文字でじわじわ追い込んでいくようなweb通販広告もそれなりに効き目があったりするわけである。

それから人というのは、誰かに言われたからではなく、やらされるのでもなく、自分でこうと決めて動きたい生き物だし、自分が決めたことに、折に触れてそれが間違ってないという確認をしたい生き物である。
PRというのは、人の持つそういう多面的な要素を尊重しながら進めていく仕事だと思う。

思いのほか、まじめな話をしてしまったが、本の前半部分は、自分がこの世界に引き込まれるきっかけとなったサニーサイドアップ黎明期からがスタート。
そもそものきっかけは、キッスでドームが入場無料という、いまは野球界ではすっかりなかったことになっているパリーグ球団のプロモーション企画のために探していたPR会社として登場するのが、サニーサイドアップであり、さわぎが服を着て歩いている次原悦子だった。
すでに決まっていたPR会社が、ある不義理をしなければ、なかった出会いである。

ただ初対面は、妙にしゃべりが営業っぽくて、よそよそしい感じ。
意識して矯正しようと思っているのか「~でございまして」などと、後で知ることになる奔放なキャラには似つかない不自然な、日本滞在歴が長い人のような丁寧語を使う。
まさかこんなに長い付き合いになるとは一ミリも思わなかったけど。

その後初めて訪ねたオフィスも、当時、薄気味悪いボディビルのジムの看板が目立つ、中野駅から約10分の五差路に面した雑居ビル。下は雀荘だった。オフィスを決めたのも郵便局が近いからで、8人くらいの社員のうち2人は、読者プレゼントのハガキの整理をしていた。
前線に立つスタッフは多くないので、それを補うためにアイデアで勝負するしかないというDNAがその頃から続いてきているように見える。

PR業界はその頃は特に地味な業界だった。そんな仕事があることすら人に知られていなかった。
その頃、そそのかされるままに求人広告を出してみたらしいが、次原が丸一日、電話の前に座っていても、かかってくるのは「ウチもっと安く求人広告いけますよ」という電話ばかりだった。
そんな少人数の頃からやたらと賑やかな会社ではあった。
どんな仕事もやってみなきゃ、やれるかやれないかわからないという勢いがあったから断らなかった(多分)
他のPR会社のことは交流がないので、さっぱりわからなかったが、その頃からみんなほとんど業界のしがらみも知らなかったせいもあって、知らず知らずのうちに独自の路線を歩み、自分たちなりの哲学を磨いていった。

今回はここまで。もしご興味のある方はぜひ本書をご一読ください~
人を振り向かせるさわぎのおこしかた

次回は間を置かずに掲載します。

ローリー

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